たったひとりの君にだけ
でも、これが彼の手なんだとしたら、私の敵う相手じゃないかもしれない。
「……ねぇ」
「なんですか?いいんですか?」
「バカ。……あのさ、喉痛いんだから、あまり無意味な突っ込みさせないでよ」
すみませんと口にしつつも、未だ彼は穏やかなまま。
だけど、どうしてだろう。
その顔を見ていると、具合が悪いくせに一人強がってるのがアホらしく思えて来る。
無駄な力なんて使わない方が身の為だ。
早めの回復を目指すのならば足枷は取り除くにこしたことはない。
『でもやっぱりもったいないな~』と軽く腕組みをしながら悩む彼は絶対に本気じゃない。
いつまでそんなフリをするんだろうと、無意味な努力をし続ける彼に思わず笑みが零れそうになった。
「じゃ、俺行きますね。寝られないだろうから」
そう言って立ち上がろうとした。
「……いいよ、居ても」
その彼を、引き止めたのは私だった。
俯きながらの、想像以上に消え入りそうな掠れ声だった。
「え?」
それでも気付いてくれた高階君は、顔は見ずとも少なからず驚いているように思えた。
「……あ、あの、年末年始、誰とも喋ってないから。もう少し、話し相手になってよ。……会話力鈍る」
最後に喋ったのは瑠奈との忘年会後についでに寄ったスーパーだ。
でも、実際には『レシート入りますか?』『入りません』くらいで、会話と言えるかどうか微妙なところである。
突発的なお願いに、自分で言ったくせにきっと隠せなかったであろう照れを、彼には見抜かれていたのかもしれない。
「……わかりました。俺でいいのならいくらでも」
そう言って、高階君は立ち上がって入り口付近に向かうと、電灯のボタンをオフに切り替えた。
扉越しにリビングの明かりが漏れるだけで、ベッドルームは9割方暗くなった。