たったひとりの君にだけ
そして、下界へと落ちていく感覚の中で、密室に二人きりであることに気付いた。
右半分に感じる只ならぬ存在感。
息音までは聞こえないものの、なんだかあまり落ち着かない。
もっとも、二人きりになったのなんて初めてじゃないけれど。
そして、暫しの沈黙の後で、先に口を開いたのは彼だった。
「風邪、治りましたか?」
あれ以来、顔を合わせるのは初めてだ。
メールで病状報告はしたものの、もしかしたらまだ心配してくれていたかもしれないと思うとこれでも若干の申し訳なさが込み上げる。
思う存分、迷惑掛けちゃったもんなぁ。
「……うん、9割方全快かな」
「そっか、よかった」
「……オカゲサマで」
小声でボソッと口にする。
残念ながら聞こえたか否かの判断はつかない。
だけど、誰かの手を煩わせたのなら、それに対して謝罪や御礼を述べるのは社会人でなくとも人間の常識だ。
反応を得られないでいることに僅かながら不安を感じた私は、もう一度言葉を紡ぐことにした。
今度は、その耳に届くようにハッキリと。
「……本当に、ありがとう」
直後にどういたしましてと聞こえた。
その声色で、照れて下を向いていた私だけれど、顔を見ずとも穏やかであろうことが伺える。
クスッという笑い声が漏れたことでも、それは確かだと思った。