たったひとりの君にだけ

ふうっと息を吐いて、ちらっと腕時計を確認する。

まもなく就業時間といったところだろうか。
ちらほらと、見慣れた顔が入って来る。


「……仕方ないな。実加ちゃん、今日、お弁当?」


話題を変えた私に、予想通りの一文字が聞こえた。

手作り弁当だったり、コンビニだったり。
はたまた何処かのカフェだったり。
自炊推奨派ゆえ、なるべく弁当持参を心掛けているものの、外回りが多い私達営業職はそれが難しいこともある。(夏場なんか特に)

社食を堪能するチャンスが少ないのも残念だったりする。
何気に美味しいと評判なのに(しかも激安)、日替わり定食を日替わりで食べたい願望は未だに叶えられていない。

ただ、就業時間中に新規カフェの開拓が出来るのは、逆に贅沢だと思っていたけれど。


「いえ、今日はお弁当じゃないです」

「外回りもないよね?」

「はい。今日は一日、ここで色々と雑務をこなします。年始の挨拶は明日以降です」


昨夜のうちに確認したスケジュールでも、それらしきことが書いてあった気がする。


「じゃあ丁度いいね。私も今日は一日中内勤だから、ランチ、奢ったげるよ。近所のあいじま食堂、久々に行きたいなと思ってて」


和定食がとにかく美味しい『あいじま食堂』は、私が所属する営業部でも人気の高い隠れ家的小料理屋だ。
お気に入りは本日のお魚定食で、旬の魚を美味しく頂くことが出来る。

夜は居酒屋になり、心安らぐ落ち着く時間を提供してくれる。
瑠奈とも夜に何度か行ったことがあり、女将さんとは勿論顔馴染みだ。
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