たったひとりの君にだけ
「私があなたに会う必要ってどこにあるの?」
周りから離れた場所にあってよかった。
わざわざ席を外さなくて済む。
『会いたいからっていう理由じゃだめなわけ?』
地球上、隅々まで探したって見つかるはずのない理由。
樹にしたって、その理由は完全な理由になっていない。
その理屈が通るなら、会いたくないから会わないという私の理由も確実に正当化される。
『とりあえず、今って昼休憩だろ?』
「そうだけど、だからなんなの」
『俺今さ、お前の会社の、車道挟んだまん前に“キオナ”っていうカフェあるだろ?そこにいるんだよ。今から来いよ』
『は?』という声は、一文字でさえはっきりとした音にはならなかった。
当然だ。
唐突にもほどがある。(とは思わないのだろうか)
「正気?」
『勿論。30分でいいよ。昔話でもどうよ?』
考えてみてほしい。
貴重なランチタイムを、何故にとうの昔に別れた元彼に割かなければいけないのか。
「年明けで忙しいのよ」
『会ってくれなきゃ今すぐ会社の前まで行って大声で名前叫ぶけど』
間髪入れずに言われた言葉に、今度こそ、らしくもないけど『はっ?』と甲高い声を発してしまった。
そこそこ突き刺さる周囲の視線に一瞬で居心地の悪さを感じて、私は思わず背を向けて窓越しにiPhoneを握り直した。
眉間に皺が刻まれそうだ。
深く深く刻まれて元に戻らないレベルだ。