たったひとりの君にだけ
親切心に軽く会釈して、鼻息荒く憎き相手の待つ席へと向かう。
そして、私に気付いた樹は、にこっと笑った後でPCを閉じた。
「5分過ぎてる」
これ以上、どう頑張って目を細くしたらいいのだろう。
第一声がそれとか、ありえないんだけど。
「申し訳ございませんね。老化が進んでるもんでして、エイジングケアが追いついてないんですよ」
「あぁ、確かに1年前より老けたか」
「うるさいよ」
向かいの席に腰掛ける。
すぐに水が運ばれて来て、個性的眼鏡の店員は木製のテーブル上に静かに置いた。
「ブラック、頼んだんだよね?」
「あ、忘れた」
「は?」
「嘘だよ。直に来るだろ」
その無意味な嘘はなんなんだ。
『ブラックコーヒーを承っておりますのですぐに持って参ります。他にご注文は宜しいですか?』とわざわざ丁寧に口にしてくれた店員にすみませんと謝り、再度樹を睨むと彼は口角を上げただけだった。
ほんっと、喰えない男。
「本当に久し振りだな。元気だったか?」
「普通」
「番号変わってなくてよかったよ」
「面倒だもん」
いちいち顧客にも知らせなければいけないなんて実に骨の折れる作業だ。
手間が掛かってやってられない。
一方で、私は速攻で削除した。
だからこそ、知らない11桁が浮かんでいただけの話だ。