たったひとりの君にだけ
「……でも、結局お前は、俺の転勤がなくても別れる気だったんだもんな」
一人思い出話を語り始める樹に対して私は無言を貫く。
黙秘は肯定と受け取られる。
だけどそれでも構わない。
何故なら樹の言うことは完璧に的を射ているのだ。
「なかなか別れ話に納得しない俺に、最後の切り札と言わんばかりのくだらねえ理由だったもんな」
「くだらないってなによ」
「くだらねえだろ」
「うるさいよ。第一、転勤だったんだからちょうどいいでしょ。万が一、百歩譲ってあのまま付き合ってたって、海を隔てた超のつく遠距離よ。そんなの御免だわ」
「俺だって遠距離なんて御免だね。でも、1年っていう期限付きで終わりは見えてた。お前に日本で待っててもらおうと思ってたんだよ」
表情ひとつ変えず、抜け抜けと語る。
そして、別れて1年経った今、初めて樹の思惑を知る。
それもそうだ。
何故なら私は、樹の転勤話を聞いて、『じゃ別れよう』とすぐに切り出して、なかなかイエスと頷かない樹に、切り捨てるようにこう言ったのだから。
「……『私、クリスマスの1ヶ月前には別れるって決めてるの。クリスマスなんて嫌いなのよ。だからバイバイ』」
恐らく、一字一句間違っていないだろう。
無駄なことほど覚えているのが人間というやつで、その記憶力に脱帽だ。