少女達は夢に見た。
部活が終わり、教室に向かった。


バスケ部が終わるまで、まだかかる。


私は特に用もないのに、誰もいない自分達の教室に入った。


窓際の、ロッカーの上に腰かける。


誰もいない、静かな教室。


この教室に入る前に、他の教室も覗いたけど、誰もいなかった。


つまり、今このフロアにいるのは私だけ。


外では、サッカー部と、野球部、それに、テニス部が練習をしている様子が見えた。


「青春してるな~。」


しみじみと、そんな風に思った。


なんとなく歌が歌いたくなって、


歌いだす。


誰もいないんだと思うと、気持ちよくて。


しだいに歌声は大きくなっていった。


自分の声だけが、響く。

歌うのをやめると、再び静まり返って、外の声が聞こえる。


私は、しばらくそうやって楽しんでいた。




「あれ…一瑠ちゃん?」

教室に入ってきたのは歩乃香。


どきりとした。


歌ってなくてよかった…。


「どうしたの?忘れ物?」


歩乃香は家庭研究部。


平たく言えば、料理部。

きっと今部活が終わった所なのだろう。


「うん、課題忘れちゃって。」


あれ?


課題なんてあっただろうか。


「一瑠ちゃん、さっき歌ってた?」


自分の机を覗きながら、そんなけとを聞く。


まさか…聞こえてた?


「歌ってないよ。音楽部のが聞こえたんじゃない?」


なんでもない顔で嘘をついた。


特に疑いを示さず、ほっとした。


バレたらかなり恥ずかしい。


じーっと、歩乃香の背中を見つめる。


どうやら、忘れていってしまったものはあったらしい。


「一瑠ちゃんは…なにやってるの?」


私の前に来て、言う。


なんの感情も読み取れない声で。


一瞬だけ、歩乃香がとても冷たい目をしたような気がした。


答えるのに戸惑ってしまう。


「柚奈を…待ってる。」

「そっか。」


気のせいだったのか。


歩乃香は愛嬌ある笑顔を向けた。


ふわりとした笑顔。


まわりにマーガレットが咲き誇る幻覚まで見えてきそうな。


きっと何人もの男達が、この笑顔におとされてきたんだろうな。


「どうかしたの。」


見とれる私に怪訝な顔をして尋ねてきた。


「いや。歩乃香は可愛いなぁって思ってただけ。」


髪の毛もふわふわだし。

ちいちゃいし。


細いし。


愛想がある。


素直に感じたことを言ったら…


なぜか黙って顔をふせられてしまった。


顔を覗きこもうとしたのに、3歩後ろに退かれる。

「あ、ごめん。」


私がそう言うと、小さく首を横にふって顔を上げた。


歩乃香の顔は、真っ赤…というほどではないが、うっすらと紅くなっていった。


「じゃあ、もういくね。」


声をかけようとしたが、歩乃香の声にかき消された。


まるで、私に声をかけられることを拒むみたいに。


やはり、私は嫌われているのだろうか。


「あ、うん。バイバイ。」


ドア付近までいっていた彼女は振り返る。


そして、軽く手を振りかえしてくれた。


その動作も、可愛らしくて微笑む。


彼女のような笑顔が、できた気がした。


< 18 / 106 >

この作品をシェア

pagetop