少女達は夢に見た。
第8章 ほんとは弱い人
「先輩って、どんな話が好きですか?」


部活前、先日と同じ“水道に近づいたついでだよ作戦”で千尋先輩に話しかけた。


美術室は暑い。


4台の扇風機がフル稼働中にもかかわらず、なにもせずとも背中を汗がながれる。


読んでいた本から目をはなし、こちらに向けた。

かといってプレッシャーをかけるようなまじまじとした視線でもない。


良い意味で、おぼつかない視線だ。


大変助かる。


じっと見られると、緊張するから。


「話?」


「そうです。恋愛ものとか、ホラーとか。」


しばらく手元の本を見つめ、もう一度おぼつかない視線を向けた。


困惑の色がにじむ。


なにかを決意するみたいに、ゆっくりとまばたきをした。


「おとぎ話みたいな、夢がある話が好き……。」


「おとぎ話……ですか。」


「そう。」


「お姫様と、王子様、みたいな感じで?」


「えぇっと……じんわり幸せになれる話が好きかな。」


私がなにか言うのを拒むように、本のページをめくる。


だけどそのとき、カーテンが大きく膨らみ、


髪を下ろしている先輩は、両手で軽く頭を押さえ

本は音をたて、何十ページも先に進んだ。


あわててページを戻そうと、読んでいた場所を探す。


その姿に、胸がじんわりとした。





「さあさあ!第2回3送会会議が幕開けしますわよ!」


これが通常テンションなのか、張り切っているだけなのか……。


おそらく前者だ。


この間と同じように、私達は前の方の席に集まり、


友紀ちゃんは黒板にミミズを綴(つづ)る。


チョークの扱いに慣れていないのか、ガリッ、ガリッと、嫌な音を鳴らしながら。


前回にもまして不格好な字だ。


そして一人ずつに冊子のようなものを配りだした。


「はい!」


「ありがとう。」


満面の笑みで差し出され、受け取りながら表紙の文字を読む。


ぎょっ

と、した。


手書きの文字。


黒板に書かれたそれとよく似た、


似ているんじゃなくて、それを綺麗にしたような字。


しかも1冊かと思ったら、3冊セットだ。


ひとつずつ表紙の文字を読み、周りの反応をチェックした。


皆例外なく、困惑し、引いた顔をしている。


1枚目をめくる。


案の定……。


「みんな3冊ずつ台本が届いたかな?」


……台本だった。


台本の台本のような、うすいものだったけど。


詳しいあらすじ書き……とでも言おうか。


これ作るのに3時間はかかっているはずだ。


「5分後にどれがいいか多数決とるから、よく読んでおいて。」


「ちょっと待ってよ!」


「なに?溝口ちゃん。」


意外に大きな声が出てしまい、美術室がシーンと静まり返った。


「演劇は、もう決定なの?」


「うん。」


「納得してない人も、いると思うよ?」


一瞬だけ考える素振りをみせてから、振り返った。


「納得してない人は挙手してねー。」


そこまで流れに逆らえる勇気のある人はいないだろうと思われた。


が、2年男子2名が手を挙げた。


風見くんと渡辺くん。


「なんで?前回決めたじゃん。なにいまさら。」


どうやら、かなり機嫌をそこねてしまったらしい。



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