あたしの心、人混みに塗れて
『ともはえらいね』


蒼ちゃんはあたしの頭を撫でてくれた。


『そうおもっても、おかあさんにはいわないもん』

『だって、ママをこまらせてきらわれたくないから……』


あたしの瞳には涙が溜まっていたけど、零れるのを必死に堪えた。


一番怖いのは、赤ちゃん達に母さんを取られることではない。頼りになるはずの父さんが傍にいないことでもない。母さんにわがままを言って嫌われることだった。


『とも、ぼくにはいっていいんだからね』


そう言ってくれた蒼ちゃんの隣であたしはよく眠れたのだ。


今はそんなわがままなんてない。ただ、蒼ちゃんに簡単に頼れなくなったことが寂しい。


壁に向き合うようにして蒼ちゃんの布団に潜り込んでも、今はむなしいだけだ。


昔から大好きな蒼ちゃんの匂いなのに。今はただ泣きそうになる。


大人になることがこんな痛みを伴うものであるなら、あたしは大人になりたくなかった。


蒼ちゃんがそんなあたしの後ろでふあ、とあくびをした。


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