あたしの心、人混みに塗れて
「ていうかさ、私聞いちゃったのよねえ。…………あ、でもなあ」

「……何?」


うーんと唸って千晶は口を真一文字に結んだ。


言おうかどうか非常に迷っているようだ。


「言ったら智子荒れそうだし……」

「何それ。あたしは大丈夫だから、言ってよ。大事なことでしょ?」

「まあ、けっこう大事だとは思うけど……。でも、私が智子の立場だったら聞かなきゃよかったって思うかも」

「…………蒼ちゃんのこと?」


千晶は空(くう)を仰いで頷いた。


「私が智子だったら、絶対泣く。川島くんも人間だから弱いところがあって当然だけど、それでも許されるとは思わない」

「……千晶の話が抽象的過ぎてわけがわかりません」

「泣きたくなったら、いつでも私の胸を貸してあげるわ」

「…………気持ちだけ受け取っておきます」


「私は悪いことだと思ってるってことはわかってね」千晶はしつこいほどあたしに念を押してきた。あたしがいらいらするほど、何度も何度も言って肝心の本題になかなか移ろうとしなかった。


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