あたしの心、人混みに塗れて
母さんの出産予定日は10月で、あたしの誕生日はその一月前だ。


あたしと蒼ちゃんは、風邪を引いた勢いで(なんだか言い方がおかしいけど)キスをして以来、スキンシップ程度以上のキスはしなかった。本当に穏やかに過ごしていった。


9月の終わり、あたしはようやく二十歳を迎えた。


大学は8月から二ヶ月間夏休みだから、あたし達はその間実家に帰った。家が隣だから自然と2日にいっぺんは会っていたけど。


あたしは出産が近づいてきた母さんのお手伝いをして夏休みを過ごした。この時期になるとお腹がはち切れんばかりに膨らんで、時々お腹の中から足や拳で母体を叩くのを感じている母さんは、少し苦しくとも幸せそうに微笑んでいた。


「ねえ、赤ちゃんの性別ってもうわかってんの?」

「わかってるわよ」

「母さんは知ってんの?」

「知ってるわよ。でも、誰にも言ってないわ。生まれてからのお楽しみ」


ふふっと笑った母さんは今まで見てきた中で一番綺麗に見えた。もともと顔の素材がいい母さんだけど、綺麗だなあと本気で思ったのは初めてだ(ちなみにあたしの顔は素材はあまりいいとは言えない父さんに似ている)。


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