あたしの心、人混みに塗れて
蒼ちゃんは二時間後に病室にやってきた。


「……蒼ちゃん、早いよ」

「あれからすぐに新幹線の自由席取って乗って、駅からダッシュしてきた」


風の煽りを受けたであろう蒼ちゃんの前髪が少し乱れていて、あたしはいつもの癖で蒼ちゃんの前髪を抑えた。


「あ…………」


慌てて手をどける。


「ん、ありがと、とも」


蒼ちゃんはあたしに満面の笑みを向けた。


その笑顔を見るのが辛い。


「おばさん、おめでとうございます。これ、あっちの土産です」

「あら、ごめんね、わざわざ。ありがとう」

「赤ちゃん見てもいいですか?」

「どうぞ、遠慮なく」


蒼ちゃんがベビーベッドを覗き込む。


「可愛いぃ~。すやすや寝てるぅ~」


指で赤ちゃんの頬をつつきながら、よく言えば優しげな、悪く言えばだらしない笑みを浮かべてふふっと笑っている。


「抱いてみる?」

「えっ、いいんですか?」

「もちろん」


母さんは微笑んで蒼ちゃんに赤ちゃんを手渡す。


「うわあ~。なんか壊れちゃいそう~」

「大丈夫大丈夫。しっかり抱いてあげて」

「ともおー、弟だよおー」


蒼ちゃんがあたしの元に来て赤ちゃんを見せてくる。


「うん、弟三人目」

「妹じゃなくて残念だねえー」


蒼ちゃんがくすくすと笑う。


「全然いいよ。こうやって産まれてきてくれただけで幸せだよ」

「ふふっ、そうだねえ」


あたしが赤ちゃんの頬をつつくと、ふにゃと口を動かしてかすかに目を開いた。


「あ、起きた」


あたしが人差し指を差し出すとキュッと握り返してくれた。


「可愛いぃ~」


蒼ちゃんは目をキラキラさせて笑った。


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