あたしの心、人混みに塗れて
「いいなあ。俺も赤ちゃん欲しいなあ」


蒼ちゃんがぽつりと呟いたから、あたしは体を硬直させてしまった。


「蒼大くんはいいお父さんになりそうね。面倒見がよさそう」


母さんは優しい表情で蒼ちゃんを見ていた。


「こんな可愛い赤ちゃんだったら、何もかも放り出して育児に専念しちゃいますよー」

「いいわねえ。そんな旦那さんが欲しかったわあ。うちはともの時からずーっと私一人でやってきたから」

「母さん、それ父さんに失礼だよ」


父さんは今四国に単身赴任中で、明日こっちに来ることになっている。


「それにしても、なんだか二人って夫婦みたいね」


母さんが笑って、あたしはどきりとした。


「まだまだ若いけど、蒼大くんがいるから心配ないわね」

「か、母さん」

「あら、昔から蒼大くんのママと将来二人を結婚させようって話してたのよ」

「えー、本当ですか!?」

「そ、蒼ちゃん、母さんの冗談に反応しないでよ」

「あら、本当のことだけど」

「だってよ、とも」


蒼ちゃんは満面の笑みであたしを見てきた。あたしは一人で頬を紅潮させてしまった。


そんな気なんてないくせに。蒼ちゃんはいつだってそういう態度で相手に期待を持たせるのだ。


あたしは助けを請うように赤ちゃんに視線を移したけど、赤ちゃんはあたしの指を掴んだまま眠っていた。


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