あたしの心、人混みに塗れて
母さんは一週間足らずで退院した。母子共に健康で、相模家は幸せな空気に包まれていた。


あたしは母さんの出産後二日ほど滞在して、蒼ちゃんが待つ家に戻ってきた。


「ともお、会いたかったあ!」


あたしが家に戻ってくるなり、蒼ちゃんはあたしをきつく抱きしめてきた。


「く、苦しいっ。てか、三日前も会ったじゃん」

「ここの家、一人じゃ広すぎて落ち着かなかったよ。ともが帰ってくるの待ちきれなかった」

「ん、ただいま」

「おかえりぃ」


へへっと笑った蒼ちゃんはあたしから体を離して、あたしの胸元に視線を下ろした。


「あ」


ふふふと含み笑いを漏らした蒼ちゃんがネックレスのラピスラズリの部分に手を伸ばした。


「ちゃんとつけてくれてるんだあ」

「うん。似合ってる?」

「似合ってる。さすが俺が見立てたのだけあるね」

「いや、関係ないと思う」


蒼ちゃんの手がふと肌に触れる。その感触にどくりと心臓が高鳴った。


「ふふっ、お互いがあげたものをつけるって、なんか恋人みたい」


蒼ちゃんの言葉にあたしは笑うことができなかった。


蒼ちゃんは何も考えずにそんなことを口にしている。蒼ちゃんが悪くないのはわかっている。でも、あたしにとってはそれが重い意味として聞こえてしまう。


あたしと蒼ちゃんは、決して恋人にはなれないのだと。


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