あたしの心、人混みに塗れて
仲よさそうだね。もしかして付き合ってるのかな。あたしはそんなこと聞いていないけど、蒼ちゃんなら彼女がいたっておかしくない。そして、あたしがそれを知るべき権利はない。


でも、仮にそうだとしたら、教えてくれたっていいはずだ。権利があろうがなかろうが、あたしは蒼ちゃんの同居人で、知っていたらキスしたいなんて決して思わない、思えないのに。絶対にそんなことをしようと行動することはなかったのに。


こんなあたしはわがままだろう。


きっと、そんなことを知ったところで蒼ちゃんが好きな気持ちは変わらず、キスしたいと思い、もしかしたら強引にでも唇を重ねていたかもしれない。それが、今までそのリードしていたのがたまたま蒼ちゃんだっただけで。


あたしがぼんやりとその二人を見ていたら、その女はいきなり蒼ちゃんの首に両腕を回して蒼ちゃんの唇と自分の唇を重ねた。


白昼堂々とそんなことをする人が実際にいるなんて思いもしなかった。


ガツンと頭を後ろから殴られた感覚を覚えた。


頭が真っ白になって、その二人から目が離せなくなって、あたしは金縛りにあったように指一本すら動けなくなった。


体は動けないけど頭は働いていた。いや、体が動けなくなった代わりに頭を働かせたのかもしれない。


蒼ちゃんのセフレだ。その瞬間、思い出したようにそう思った。


他の女とは違う蒼ちゃんと親密な雰囲気。美人。蒼ちゃんより10センチほど小さな体。千晶がいつか教えてくれた情報と一致した。


あたしはようやく自由を取り戻した体を動かしてその場から離れた。蒼ちゃんとすれ違ったけど、彼が気付いたかはわからない。セフレであろうその女は、あたしに向かって笑っている気がした。


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