あたしの心、人混みに塗れて
「ごめん、とも」

「なんで蒼ちゃんが謝るの? それとも、あたしに謝んなきゃならないことでもしたの?」

「してない。今日は一切してない! 神様に誓ってしてない!」


あたしは胸のあたりにある蒼ちゃんの手をにぎってあたしから外させた。


「ご飯、できたから」

「……わかった」


蒼ちゃんは渋々離れて部屋に戻った。


はあとため息が出る。


情けない。蒼ちゃんにあんな顔をさせたいわけじゃないのに。


蒼ちゃんが部屋に戻るときに一瞬だけ見せた顔は、ひどく傷付いた顔をしていた。普通ならば、元凶の人間がする顔ではないだろうと言いたくなるだろうけど、蒼ちゃんは自分のためにあんな顔をしているのではない。


あたしのためだ。あたしが傷付いていると思ってあんな顔をしているのだ。他人の抱える傷が理解できる。蒼ちゃんはそういう人間だ。


あたしが蒼ちゃんにあんな顔をさせた。


「ほんと、最低……」


あたしの独り言は寂しい台所に響くことなく消えた。


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