あたしの心、人混みに塗れて
「……別に、傷ついてなんかない」

「ともが嫌がるのはわかってた。俺もともの立場だったら、あんなこと聞きたくない。でも、俺はともに隠し事はしたくないの。だから言った」

「……うん」


隠し事はお互いない方がいい。隠しているとわかっていながら何も知らないのは嫌だし、二人の関係だって綻びを持つ。


でも、知らぬが仏という言葉もある。知らない方が幸せ。知らない方が二人の関係に溝はできなかった。そんなこともある。


あたしはどっちがよかったんだろう。


知らないところで蒼ちゃんが言いたくなければあたしは黙っているし、知ったところであたしの蒼ちゃんへの気持ちは変わらない。あたしはどちらでもよかった。


でも、きっと知らなかった方が気持ちは楽だっただろう。今のような嫉妬や憎悪なんかが入り混じった黒い感情を抱えるなんてことはきっとなかったはずだ。でも少なくとも知りたいとも思ったはずだ。


嫌だな、あたし。


「……蒼ちゃん」

「ん?」

「……羨ましい。理央って子が」


唇が震える。でも言わなきゃ伝わらない。ごちゃごちゃ考えたって蒼ちゃんにはわからない。


「羨ましいの。蒼ちゃんに求められたことが」

「とも、理央はともの代わりって言ったでしょ?」

「ひどい言い方」

「俺も今自分で言って最低だと思った」

「でも、求めたのはあたしじゃない。あたしの代わりだとしても、求められたのはあたし自身じゃない。一瞬でも、その子を求めたでしょ? だから、羨ましい……」


嫌だな。あたし自身が嫌だ。


こんなこと蒼ちゃんに言っても仕方ないのに。あたし自身の問題なのに。


< 169 / 295 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop