あたしの心、人混みに塗れて
「理央はあなたのことを知ってたわ。川島くんが言ってたそうよ」


あたしは渡辺さん達から視線を外して、二人に聞こえないくらい小さく舌打ちした。


あのオカマ、またしても余計なことを……!


「よくも騙してくれたわね! 自分は幼なじみなんて私達を油断させておいて、本当はずっと川島くんを狙ってたんでしょう!? ほんと汚い女ね! 大して顔もよくないくせに、何川島くんと付き合ってんのよ!」


渡辺さんのすごい剣幕に圧倒されて、あたしは何も言えなかった。


あれ、あたし、蒼ちゃんと幼なじみなんてこの人達に言いましたっけ。


ていうか、あたしは油断させたつもりなんてないですよ。それに、あなたもしかしてセフレが別れたら今度こそ自分が蒼ちゃんと付き合ってやろうとか考えてたのかな。うーん、そしたらあなたの方がよっぽど最低じゃないですか? 勝負した覚えもないから、汚いとか言われてもねえ。


あと、顔が大したことないのは認めますけど、あなたも人のこと言えるほど美人て思ってるんですかね。そしたら、理央って子の方がよっぽど素材はいいですよ。自分の顔によほど自信があるんでしょうか。羨ましいです。おめでたいです。


口からは何も発せないから、心の中でそう反論してみた。


あーあ、やっぱりあたしの方がよっぽど最低だ。


そんなことを思いつつ、この状況をどう打破すべきかと頭を巡らせた。


「ごめんなさいね。言っとくけど、あの男はもともと智子しか見てないから、あなたが付け入る隙はないのよ。ご愁傷様」


その時、渡辺さん達の後ろから第三者の声がした。蒼ちゃんでないことは一瞬でわかった。


「千晶…………」


教育学部の千晶が、なんで経済棟にいるの?


そう言おうとした矢先、渡辺さんの「はあ!?」という間抜けな声がした。


「智子、行くよ」


千晶はあたしに目配せして、あたしは唖然としている二人の間をすり抜けて千晶の後を追いかけた。


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