あたしの心、人混みに塗れて
「あのね蒼ちゃん、女性がメイクする意味、知ってる?」

「は? 自分をよく見せようって魂胆でしょ?」

「確かにそれはある。ていうか、大学生まではそういう人がほとんどだと思う。あのね、化粧って、大人の女性の礼儀みたいなものなの」

「へえ」

「身だしなみの一貫だよ。だらしない格好をよそ様に晒したら悪いでしょ? 男性はそのままでも許されるけど、女性は化粧をしていないと逆に失礼にあたるの。あたしはメイクするときいつもそう考えてやってる。だって、蒼ちゃんにだけ見せるときなんてほとんどないもん。言っとくけど、蒼ちゃんのためにメイクするなら、もっと頑張るよ」


蒼ちゃんは黙ったままだった。じっとあたしを見つめたまま、あたしの顔の横の壁に手をついた。


……あ、もしかしてこれっていわゆる壁ドンってやつかな。


正直、当事者にはピンチにしか思えないけど。


「まあ、ともが作った理由なんかどうでもいいよ。いつもよりいいともを他の男が見たのは紛れもない事実でしょ?」


蒼ちゃんはぐっと顔を近づけて、低い声で囁いた。


どうでもいいってひどくない?


「……それが腹立つって言ってんの」


何かを言おうとした口をあっという間に塞がれた。


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