あたしの心、人混みに塗れて
千晶は既に男性経験を済ませている。だから、他人にはなかなか話せないそういう話も千晶になら話せる。


「……千晶」

「何?」


アイスティーをストローで啜る千晶の唇には女らしいピンクの口紅が塗られている。ちらりとあたしを見た目元にはこれもピンクのアイシャドーと黒のマスカラ。すっぴんでも綺麗なきめ細かい肌は薄くファンデが塗られている。


夕方になっても、そのメイクは一寸の狂いもなかった。どこかが浮いたり剥げている部分はテーブルの向こう側で見る限りどこにも見つからなかった。特に、クマにならないそのマスカラはどこのメーカーのものだろう。千晶に聞いてみようかな。


要するに、千晶は綺麗だ。素材の良さももちろんあるし、そのメイクがその素材を最大限に生かしている。


「千晶、これからデート?」

「え?」


千晶の大きな目が瞬いた。小さい顔の割に大きい黒い目はあたしが羨ましいと思うパーツの一つだ(あたしは面長だし目も細い。以前蒼ちゃんに意外に目が大きいと言われたことがあるけど、あれは普段眼鏡で小さく見える目が眼鏡を外したらそこまで小さくなかったということだ)。


「……なんでそう思うの?」


咄嗟に否定しなかった答えは一つだ。 


「さっきからアイスティーばっか飲んで、明らかに口紅が落ちるのを避けてる。あと3時を過ぎると絶対お菓子を食べるのに今日は全く食べてない。わざと食べてないのか、それとも緊張で食べられないのか」

「……智子」


千晶はストローを口から離してため息をついた。


「ぼけっとしてるように見えて、意外に見てるのね」

「友達いないからね」

「それ関係あるの?」

「自分のこと棚に上げといて、あたしには蒼ちゃんとのこと言わなかったの怒ってたの?」


じろっと千晶を睨みつけたら、落ち着いてと冷めた目で見られた。千晶はめったなことでは動揺しない。


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