あたしの心、人混みに塗れて
布団からは蒼ちゃんの匂いとシトラスの芳香剤の匂いが混ざっていた。


落ち着く。そして眠気を誘う。


蒼ちゃんの匂いに包まれてあたしは目を閉じる。


幸せだ。あたしは蒼ちゃんの傍で眠れるのだ。


すうっと意識が薄れていく。するとギシッとベッドが軋む音がした。あたしがうっすらと目を開けると、真上からあたしを見下ろしている蒼ちゃんが見えた。


蒼ちゃんは勉強するときだけ眼鏡をかけている。だから今も眼鏡をかけたままあたしを見下ろしていて、ああ、かっこいいなあなんて頬が緩んでしまうのを感じていた。……あれ、ここまで見えるってことはあたし眼鏡かけたまま眠ってる?


「とも、寝るなら眼鏡外しな」

「んー…………外して……」


眠くて手を動かすことすら億劫だった。


そのまま再び目をつぶると、眼鏡を外された。きっと蒼ちゃんが外してくれたのだろう。


かちゃりと音がして、前髪をかきあげられる。蒼ちゃんの温かい唇が額に触れた。


「……おやすみ、とも」


布団をかけられる。


……あれ?


いつもなら抱きしめてくれるのに。今日は蒼ちゃんの温もりが感じられない。


片目だけうっすらと開けると、蒼ちゃんの頭の後ろと広い背中が見えた。


なんで?


あたしは蒼ちゃんに擦り寄って後ろから抱きしめた。あたしはいつのまにか蒼ちゃんの温もりがないと眠れなくなっていたらしい。


やっと安心してあたしは眠りについた。「……ばかとも」と呟いた蒼ちゃんの声はあたしの耳には届かなかった。


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