あたしの心、人混みに塗れて
次の日、蒼ちゃんは機嫌が悪かった。


「蒼ちゃん、そんなぶすっとしてるとせっかくの美貌が台なしだよ」

「……別にいいし」

「女の子にモテないよ」

「とも以外にモテたいって思ったことないし」

「……反応に困る」


せっかく一緒に買い物に来ているというのに、蒼ちゃんはあたしの隣でしかめっつらをしていた。


食材を吟味しながら、あたしが持っている買い物カゴにポイポイと乱暴に放り投げる。あたしはそれを丁寧にカゴの中に戻す。


「とものばか。なんでヒール履くの」

「あたし、履物これしか持ってないの」

「ブーツ持ってるじゃん」

「昨日の雨で濡れたから乾かしてんの」

「くっそ。とものスタイルが更によく見えるじゃんか」

「……それ、褒めてんの? けなしてんの?」

「褒めてる。だから気に食わない」


よくわからない言い分だ。


とりあえず、7センチヒールのパンプスを履いたあたしより自分が低いことを気にしているわけではないらしい。


あたしも今更同じくらいの身長のことはまったく気にしていない。


コツコツと音を立てて歩くと蒼ちゃんが後ろから着いてくる。


「とも、タラが安い」

「あ、いいね。旬だし、ムニエル食べたい」

「お鍋にしようよお」

「えー、ムニエルがいい」

「お鍋」

「ムニエル」

「じゃんけんぽん!」


咄嗟に出した手は、あたしはパー、蒼ちゃんはチョキだった。


「やったっ」


はしゃぐ蒼ちゃんは、この日初めて満面の笑みを見せた。


「んじゃ、お豆腐と春菊持ってくるー」

「はいはい」


浮足立つ蒼ちゃんの後ろ姿を見て、あたしと蒼ちゃんはちゃんとカップルに見えているのだろうかと思った。


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