あたしの心、人混みに塗れて
餌をやらないでいつまでも惚れられていると思わない方がいい。


誰の言葉だったかは忘れた。


ただ、その思いがなかったわけではない。あたしという人間は魅力的とは程遠いし、お触り禁止令を発令した次の瞬間には既に言ったことを後悔したほどには焦らしたつもりはない。結果的には焦らしているのだけれど。


詰まるところ、あたしは常に恐れているのだ。今この瞬間にも蒼ちゃんはあたしという人間に飽きて他の魅力的な女のもとへ行ってしまうのではないかと。あたしは好きという感情をあまり口にできないタイプだから、いくらそれを熟知している蒼ちゃんでも愛想を尽かしてしまうのではないかと日々恐れている。だからといってそれを口にできるわけでもなく、恐れは募るばかりだ。


蒼ちゃんは好きと言ってくれるし、態度でも示してくれる。悪いのはあたしだ。


お触り禁止令を発令してから5日、すっかり忘れていたけど、この時期世間は皆浮足立っていた。


「わー、ホワイトクリスマスだあ」


ちらちらと降り始めた雪を眺めて、蒼ちゃんは感嘆のため息を漏らした。


「ね、とも、積もるかなあ」

「実家に帰れなくなるからなるべく積もらないでほしい」

「えー、そしたらともといれる時間が長くなるから俺は全然いいけどー」

「正月までには戻らないとさすがにまずいでしょ」

「んー、でも、二人きりで新年を迎えるのもいいかもねー。お互いの体をまさぐりながら年が明けてくの」

「……どういう意味かな、それは」


さらっといやらしいことを言わないでほしい。そんな話全くしてないでしょ。


あたしがじとっと蒼ちゃんを見つめると、本人はへへっとなぜか照れながら笑っていた。


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