あたしの心、人混みに塗れて
部屋に入ったあたしを、蒼ちゃんは振り向いてちらりと一瞥した。


「…………あんま俺に近づかない方がいいよ。少なくとも今は」


そう言われたけど、あたしは構わずに蒼ちゃんに近づいた。


「とも、だから俺に近づかないでって」

「だって、遅かったから心配で」

「…………とも」

「何があった──」



その時、蒼ちゃんがあたしの唇を塞いだ。あたしの体を引き寄せて、舌を咥内に滑り込ませる。


「……近づかないでって、言ったよね」


唇をわずかに離してそう呟いた蒼ちゃんは、なぜだか苦しそうに顔を歪めていた。


あたしは突然のことに何が起きたかすぐには理解できずに、蒼ちゃんにベッドに押し倒されても抵抗できなかった。


そんなあたしを、蒼ちゃんは内に秘めていた激情をぶつけるように抱いた。勝手に漏れるあたしの声がそれを象徴していた。


この時の蒼ちゃんの行為に、いつもより長いと思った。長くて、激しかった。


蒼ちゃんの身に何が起きていたかなんて、この時のあたしにわかるはずがない。



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