あたしの心、人混みに塗れて
カーペットに座り込んで、あたしはぼんやりとさっきの鳴海さんの話を思い出していた。


聞きたくないと思っても、真実は彼女の口から放たれた。


『彼と喧嘩した後、蒼大は私を抱きました。本当に、優しかった。今までの私を労るように。彼によって作られた傷を癒すように』


鳴海さんは笑っていなかった。ただ事実だけを淡々と話しているようにあたしには見えた。


『理央の傷が癒えるまでだからと言って、蒼大との関係を再開しました。でも彼はなかなか別れに応じてくれませんでした。蒼大は何度も彼と取っ組み合いの喧嘩になりました。私のためにそこまで必死にならなくてよかったのに、蒼大はただ首を横に振って彼に別れを迫りました。本当は私が好きなんじゃないかって、彼も私も勘違いするほどに』


蒼ちゃんは、本当に罪な男だと思った。


大事だと思ったものは、その身を呈してでも守ろうとする。そして、守り通す。


蒼ちゃんにとって大事なものはあたしだけじゃなかった。それだけだ。


『でも、蒼大のおかげでようやく最近彼と別れることができたんです。私も、罰だと思わなければ本当はずっと別れたくて仕方なかったから。ただ、彼の暴力が怖くて言えなかった』


よかったね、とはすぐには言えなかった。黙って耳を傾けることしかできなかった。


本当は、今すぐにでも発狂してこの場から逃げ出したかったけど。


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