あたしの心、人混みに塗れて
なんで蒼ちゃんが傍にいないんだろうと思った。


当然だけど新居では一人で、ひどく寂しく思った。


会おうと思えば、今にも会いに行ける。そんな距離。でも、会いに行かなかった。大学でも会うことはなかった。


今まで一番近かった。だから傍にいるのが当たり前だった。


目が覚めて蒼ちゃんがいない部屋に愕然とすることが何度もあった。


気がつくとスマホの画面に蒼ちゃんの電話番号を表示させていることもあった。


蒼ちゃんのキスを思い出して涙を流す夜もあった。


蒼ちゃんの手は、背が小さい割に明らかにあたしより大きくて固かったと今更思い出した。


「ともの手は柔らかいね」そう言って蒼ちゃんはよく、あたしの手に自分の手を重ねて握っていた。


あたしは寝転びながらじっと自分の手を見つめていた。


蒼ちゃんはあたしを抱くとき、いつも指を絡めていた。


あたしには、俺はここにいるよと蒼ちゃんが伝えてくれているような気がしていた。だからいつも安心して蒼ちゃんに身を委ねていた。


もう一度触れたいと思った。


ずっと手を見続けていると、蒼ちゃんの温もりの幻を感じそうだった。あたしは静かに涙を流してシーツにしみを作った。


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