あたしの心、人混みに塗れて
あたし達は全く顔を合わせることがないまま、一年が過ぎた。


四年生になると就職活動が始まって、あたしは再び実家に帰った。


「とも、就職こっちですんの?」

「うん。だってあっちにいる理由、大学以外にないし」


就活を理由に実家に帰ったら、母さんに意外な顔をされた。


「そういえば、蒼大くんもこっちに戻るってママが言ってたわよ」


母さんの口からその名前が出ただけであたしはどきりとしてしまった。


「ふうん……」


動揺を悟られないように、あたしは素っ気なく答えることで精一杯だった。


一応、こっちの家ではお隣りさんだ。


もう一度だけでいいから、何かの拍子で会えないだろうか。


「ねえね、あそぼー」


テレビを見ていたあたしに2歳半になった奏也が後ろからぴとりとくっついてきた。


「んー? そーくん、今ねえねテレビ見てるから待っててねー」


あたしは奏也を抱き上げて膝の間に座らせた。


奏也はこうやって帰ってくる度にひっついてくる。


頭を撫でてやると嬉しそうに笑う。


本当に可愛い弟だ。


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