あたしの心、人混みに塗れて
「俺、相模さんともっと話したいんだけど」


……うん、6割方あたしの予想通りっぽい。


正直男は苦手だ。ただでさえあたしは人見知りなのに、異性は余計に何をしてくるかわからなくて怖い(決して変な意味ではない)。


「すみません。ちょっと、もう帰りたいなーって……」


あたしの精一杯の拒絶だった。


「お願い! 一時間でいいから!」


男はまだ笑っていた。どうしてこうもこの男はしつこいのか。さっきの席でだって、自分でも恥ずかしくなるくらいあたしはほとんど話せなかったというのに。あたしの何がいいんだ。


普段ならば、ここらへんであたしは折れただろう。じゃあ一時間だけと言って、この男に着いていっただろう。その後はもしかしたら……なんて、嫌だ。想像したくない。


でも、あたしはさっきふと蒼ちゃんを思い出してしまった。それがあたしの足を竦ませている。


蒼ちゃんに会いたい。他の男じゃだめだ。蒼ちゃんがいい。


あたしが隣にいたいと思うのはただ一人。


なのに、あたしはどうして自らの手で離してしまったのだろう。


ほんと、あたしという人間はどこまでも救えない。


「ね、お願い!」


夜風があたしの顔を撫でた。少しだけ冷たい。


もう、いいか。


あたしは自分の足を少し前に出した。行こうというサインのつもりだった。


「とも」


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