あたしの心、人混みに塗れて
夜風の中に声を聞いた気がした。忘れるはずがない。20年間聞いてきた、少し舌ったらずなあたしを呼ぶ声。


思わず振り向いたけど、そこには当然あたしがとっさに思い浮かべた人はいなかった。


とうとう幻聴まで聞こえるようになったか。


ほんと、救えない。


「すみません。こいつ、俺の連れなんで」


顔を上げたら驚くしかなかった。


今まであたしの腕を握っていた男、もとい佐藤さんの代わりに握っているのは、まさに今あたしが考えていた男。


「そ…………ちゃ」


口の中が乾いてうまく声が出てこない。酔いのせいにしておこうか。実際はほぼ飲まなかったけど。


蒼ちゃんはあたしの腕を握って、反対の手で男の手を掴んでいた。蒼ちゃんの目線は自分より大きい目の前の男に向けられている。


「え、何? 相模さん彼氏いたの? だったら先に言ってよー」


少しばかり驚いた様子を見せたけど、けらけらと笑う彼は、あたしの目には軽いと思った。


「俺とこいつはそんな薄っぺらい関係じゃないですよ。じゃ、あとは連れて帰るんで」


そう言って、蒼ちゃんはあたしの腕を掴んだまま男に背を向けて歩き出した。


あたしは蒼ちゃんに強制連行された。


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