あたしの心、人混みに塗れて
あたし達は夜の街を歩いた。酔っ払った人や夜の街に浮かれる人達をすり抜けて、蒼ちゃんはあたしが記憶していたより少しだけ速く歩いた。


「何も、されてない?」


あたしが必死で蒼ちゃんに着いていくと、不意に蒼ちゃんが振り向かずに聞いてきた。


「されてない……」

「されかけてたとこ?」

「えと………もう一軒行こうって誘われてた」

「酒飲んだの?」

「ビールをちょっと。面接会場で一緒になった四人でってなって、あたしは全然乗り気じゃなかったけど……」

「だよね。とも、ほんと人見知りだもんね。そのともが知らない男と話してたからびっくりした」


びっくりした、と言う蒼ちゃんの顔はあたしには見えなくて、本当だろうかと思った。


何も変わっていなかった。ともと呼ぶ蒼ちゃんの声も、口調も、後ろ姿も。髪色は少し暗くなったけど。


そして、蒼ちゃんは私服だった。


なんでいるのかという疑問はすぐにあたしの頭の中で解決した。ここはあたしの地元だけじゃなくて蒼ちゃんの地元でもあるし、就活がない日は私服で街に出かけていたっておかしくない。


「あれは、何か知らないけど、しつこく誘われて。断ったんだけど、全然折れてくれなくて」

「ともに一目惚れとか、かなりレアな逸材だね」

「失礼だね、蒼ちゃん」

「でもあの男、あのままともが流されてたらたぶんともをお持ち帰りしてたよ。そういう顔してた」

「蒼ちゃんがそこまで言うんだったら間違いないね」

「とも、ひどい」


そこでようやく蒼ちゃんが振り向いた。微笑んでいる蒼ちゃんは、まさにあたしが会いたかった人だ。目の奥がじわりと熱を持つ。


「久しぶり、とも」

「…………うん。久しぶり」


顔を見合わせるとなんだか妙に恥ずかしくなって、あたしはすぐに目を逸らした。


そんなあたしに蒼ちゃんはふはっと吹き出して、「ともは相変わらず照れ屋だねー」と笑った。


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