あたしの心、人混みに塗れて
「とも、この後とか明日とか用事ある?」

「何もないけど」

「じゃ、ホテル行こう」

「はあっ?」


あたしは咄嗟に体を強張らせた。


「……何それ。軽く傷つくんですけど」

「嫌だ。あたしは帰る」

「とも、俺に悪いイメージ持ちすぎ。だってこのまま帰ったら、ともまた逃げるでしょ」

「逃げるって失礼な」

「いいや、逃げるね。そんでいつも俺の話をろくに聞かずに自己判断で勝手に決めるやつ。とものお得意だもんね」


蒼ちゃんに指摘されて、あたしは何も言えなかった。確かに、そりゃそうですけどと呟いた。


蒼ちゃんの言葉を聞くことを何よりも恐れていたのはあたし自身だ。


「今回はそうはいかないよ。せっかくこうして会ったんだから。俺の話全部聞いてもらうからね」


蒼ちゃんがあたしに顔を近づけてにやりと笑った。


「顔、近い……」

「当然。じゃないと、ともは隙を見て逃げるでしょ」


くっそう。あたしの弱点を見抜いている蒼ちゃんは本当にずるい。


こんな至近距離で見つめられて逃げられるわけがない。


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