あたしの心、人混みに塗れて
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「ねえね、ねえねー!!」


次の日、家に帰るなり奏也が涙目であたしに突進してきた。


「ただいま、そーくん。ごめんね、昨日ねえね帰って来れなくて」

「ねえねー!!」


あたしは奏也を抱きしめた。


「奏、昨日姉ちゃん帰ってこないからずっと俺らにべったりだったぞ」

「そんなだるい顔しといて、ほんとは双子もそーにデレデレなくせに」


絢也と慎也はあたしを無視して奏也の頭を撫でていた。その顔は何とも締まりがなくておかしい。


母さんに連絡を忘れて無断外泊をしてやばいなとは思っていたけど、家に帰ると案の定母さんが玄関で鬼の形相で突っ立っていた。


母さんの雷が落ちると身を固くしていたら、後ろから蒼ちゃんが顔を覗かせて、母さんの機嫌は一瞬にして雷雨から快晴に快復した。


「ごめんなさい、俺がともを捕まえたんです。ご心配をおかけしてしまい、申し訳ありません」

「いえいえ、蒼大くんが一緒ならよかったわ! 蒼大くん、ちょっと見ないうちにますますかっこよくなったわねえ!」

「そんなことないです。でも、ありがとうございます。ともママも、ますます綺麗になりましたね」

「やだ、蒼大くん、買い被り過ぎよー」


そんな会話の横をすり抜けて、あたしは母さんの説教から免れた。


相変わらず、蒼ちゃんは母さんのお気に入りだ。


「姉ちゃん、蒼兄と復縁したのかあ。もったいない」

「絢、姉に向かって失礼でしょ」

「だって、あんなにイケメンな蒼兄に姉ちゃんはもったいなさすぎて」

「慎、彼女もいないお前がそれを言うな」

「ねえねー、においー」


奏也があたしの胸に顔を埋めてくんくんと匂いを嗅いだ。


「え? 匂い?」


昨日のスーツのままなんだけど。


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