あたしの心、人混みに塗れて
やかんに水を入れて火にかけて、人数分のコップと急須とお茶っ葉を用意していると、蒼ちゃんがやってきた。


「そーは?」

「ともママに預けてきた。やっぱりともの弟だね。懐き方が違う」

「蒼ちゃんも母さんと同じこと言う」

「俺は嬉しいけど」


「ね、とも」と蒼ちゃんが顔を近づけてきた。


「ともママに、許可もらったよ」

「何の?」

「結婚」

「はあっ!?」


思わず蒼ちゃんを見ると、満面の笑みの蒼ちゃんが「声でかいよー」とけらけら笑っていた。


「まあ、すぐには無理だけど、婚約はね」

「婚約…………」


いきなりのことで頭がついていかない。


婚約ってなんだっけ? 結婚の約束?


「学生のうちはさすがにだめって言われた。それと就職してもお互いが完全に自立するまで、つまり最低2、3年は待ちなさいだって。さすが人生の先輩は違うねー」

「母さん、仕事始めて一年で結婚しちゃったからね」


父さんが10歳上だから、母さんがやめてもそんなに困らなかったらしいけど、あたし達は同い年だ。お互いが自立していないと困るのは自分達だと母さんは言ったらしい。


「てわけで、ともママの許可ももらったことだし、どうです? 奥さん」

「何が」

「ここに、イケメンで優しくて、何よりとものことが大好きな男がいるんですが」

「普通、自分でイケメンで優しいって言う? まあ、あたしじゃ物足りないらしくて浮気するけど」

「もうしてないって。ともを悲しませたくない。ともを愛せるのは俺だけだとも思うわけですが」


お湯が沸いてシュンシュンとうるさいやかんの火を止めて、急須にお湯を注いだ。これは烏龍茶だから沸騰したお湯でもいいや。


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