あたしの心、人混みに塗れて
そして、招かれざる時はやってきた。


『智子、俺、好きな人ができたんだ』


電話でそう告げられたのは、二年生に上がる一週間前だった。


こうなることはなんとなくでも既にわかっていたから、今更ショックもない。ただ、彼の声を聞いていた。


『俺さ、前からちょっと疲れてたんだ。智子と話すことは楽しかったけど、ちょっと重かった。毎日連絡を取ったり、デートしたりすることが義務みたいになってて、ちょっと窮屈だったんだ』


そうしようと決めたのは二人の合意の上だったのに、この男は何を言っているのだ。


まるで、あたしがそれらを押し付けたみたいな言い方だ。


「それで、他に好きな人を見つけたんだ」


昌人から事実を聞いたあたしの声は、いやに低かった。昌人は重々しく肯定の言葉を口にした。


なんで今まで言ってくれなかったの。


言ってくれれば、あたしも考えたのに。じゃあ電話も三日にいっぺんでもいいよって、少し寂しくなるけど大丈夫って言ったのに。


そんな縋るような言葉は、胸のうちに留まったままだった。


人は窮屈な状況に陥ると逃げ道を作りたがる。


自分が楽に呼吸できる、そんな逃げ道だ。


昌人の場合、好きな人を見つけることだったのだ。


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