あたしの心、人混みに塗れて
「どうせもう、体の関係もあるんでしょ」


あたしがそう吐き捨てると、昌人が息を飲む音が電話越しに聞こえてきた。


『なんで…………』

「あたしがやらせてくれなかったからでしょ。昌人は、簡単にやらせてくれる女がいいんでしょ」


ちょっとだけ冗談のつもりだったのに、あっさり肯定してくるとは。


やっぱり、蒼ちゃんの言うことは正しかったね。


男はやりたい生き物なんだ。


昌人はそうでないと信じたかった。あたしが昌人に勝手な理想を抱いていたのだ。


悪いのはあたしだ。


『智子、本当にごめん。別れてほしい』


本当に悪いと思ってるんなら、しらばっくればよかったのに。連絡が途絶えても別れようなんて言わなきゃいいのに。


「……わかった」

『まあ、二年になっても一緒だし。これからは友達としてよろしくな』


あたしが合意した途端、昌人の声色が急に明るくなった。たぶん、肩の荷が降りてすっきりしたのだろう。


あたしは何も言わなかった。何も言わずに電話を切った。


「……ばっかじゃねーの」

「とも、怖い……」


あたしとは違う声がして振り向くと、お皿を持った蒼ちゃんが部屋のドアの前に立っていた。


「あ、ごめんね。盗み聞きしちゃって」

「……趣味悪い」

「苺のパイ焼いたから一緒に食べようと持ってきたんだけど……今そんな気分じゃないよね」


蒼ちゃんがすごすごと部屋から出ていこうとしたところをあたしは引き止めた。


「蒼ちゃんのお菓子、食べたい」


振り向いた蒼ちゃんは、なんだか安心したように笑っていた。


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