あたしの心、人混みに塗れて
「とも、ここに苺ついてる」


蒼ちゃんが自分の右の頬を指差した。


「え、うそ」


慌てて手で拭おうとしたら、蒼ちゃんにその手を捕まれて、蒼ちゃんの舌があたしの頬を滑る。


触れられた頬が、熱い。


「しょっぱっ」


蒼ちゃんがわずかに顔をしかめた。


……しょっぱい?


自分の目元を手で押さえると、指に熱い液体がついた。


涙?


自分が泣いていることに気づいた。


「……とも」


蒼ちゃんの手がゆっくりあたしの頬に触れた。


「……………………」


あたしは込み上げて来る激情に耐えようと唇を噛み締める。


涙が音もなく次々と頬を滑っていく。あたしの頬と蒼ちゃんの指を濡らしていく。


「とも、いいんだよ」


頬に触れている親指があたしの唇をなぞった。


あたしの口を開くように。


「…………振られた」


あたしは、昌人に振られた。


口にすると、現実味が増してきた。


泣き顔を見られたくなくて、蒼ちゃんの胸に抱き着いた。


「蒼、ちゃん、振られたあ…………」


蒼ちゃんの匂いを吸い込むと、我慢していた嗚咽が喉の奥から溢れ出した。


涙が溢れて止まらない。


あたしは蒼ちゃんの胸の中で泣いた。


蒼ちゃんは、いつもより強くあたしを抱き締めた。


あたしの頭の後ろを持って胸に強く押し付けて、背中に回る腕であたしの体を引き寄せて、二人の体はいつもより密着していた。


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