あたしの心、人混みに塗れて
その場に残されたあたしは座り込んでぼけっとしていたら、彼が慌てた様子でやってきた。


そして、あたしの顔を見るなり、瞳を潤ませた。


「ともちゃん、どうしたの!?」

「えへへ、おおきいおとこのこをおいはらったんだ! そーちゃん、かえろー」


へらっと笑いかけて立ち上がって帰ろうとしたのに、彼はその場から離れようとしなかった。


「……そーちゃん?」

「ともちゃん、いたいでしょ?」


彼があたしの頬の血が滲んでいる部分に触って、あたしは思わず「てっ」と声を上げていた。


「だいじょーぶだよ。あたし、つよいこだもん! なかないよ!」

「ともちゃん」


彼はあたしの目をじっと見つめた。


その瞳は悲しみの色を映していた。あたしに対する同情ではなく、あたしが我慢していることが悲しかったのだと気付いたのはそれから15年以上経ってからだ。


「ないていいんだよ?」


そう言う彼が泣きそうだった。


「なきたいときは、ないていいんだよ」


彼は、あたしの気持ちを汲み取るのが昔からうまかった。


何が原因で喧嘩になったのかは知らないはずなのに、なんで彼はわかっちゃうんだろう。


あたしの頬に触れる彼の手がやけに温かかった。


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