あたしの心、人混みに塗れて
あたしの頬に触れる彼の手がやけに温かかった。


徐々に体のあちこちが痛み出してきた。


あたしの目からみるみるうちに涙が盛り上がって、それでも零すまいと唇を噛み締めて堪えるあたしの唇を、彼が塞いだ。


「ともちゃん」


唇を離した彼に呼ばれたことで、今まで堪えていた何かが溢れた。


ボロボロと涙を零すあたしを彼は抱きしめた。


この時、あたしは初めて彼の前で泣いた。


近所迷惑になるくらい、声が枯れるくらい、普段の彼に負けないくらいぎゃんぎゃんわんわん泣いた。


痛かった。殴られて、蹴られて痛かった。彼を馬鹿にされて悔しかった。


彼は優しいのだ。優しいのに、なんであんな奴に馬鹿にされなきゃならないの。


たぶん、自分を馬鹿にされるよりも悔しかったと思う。


それくらい、彼はあたしとずっと一緒にいた。幼いながらも、彼を自分のことのように思った。


この頃から、彼が大好きだったのだ。


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