あたしの心、人混みに塗れて
蒼ちゃんに引っ張られるままずんずんと歩いていたから、蒼ちゃんが今どんな顔をしているかあたしには見えない。


ただ、いつもの蒼ちゃんではないことだけはわかった。


あんな蒼ちゃんを初めて見た。優しくて、いつもニコニコしていて、絶対に怒ったりしない。そんな蒼ちゃんしか見てこなかった。


小さい時からずっと一緒にいたのに、突然蒼ちゃんがどこか遠くへ行ってしまった気がする。傍にいるのに、蒼ちゃんが遠くにいる感覚に襲われる。


この蒼ちゃんにあたしはどう接すればいいのだろう。一緒に住んでいるのに、今更わからなくなった。


蒼ちゃんがわからない。


もやもやと考えを巡らしたけど、解決策は何一つ思い浮かばずに家に着いてしまった。


この時になって、蒼ちゃんがかなり強い力であたしの手を握っていたことに気づいた。


「蒼ちゃん……手」


家に入ってさすがに……と思ったあたしは、おそるおそる口を開いた。


ぴくっと反応した蒼ちゃんが振り向く。


「あ、ごめんね、とも」


にっこりといつもの優しい笑顔を浮かべていた。何となくほっとする。


「ごめん、俺、手汗すごいや」


離れた手を広げてみると、手の平にべっとりと汗がついていた。


へへっと笑って蒼ちゃんが手洗ってくるねと、洗面所に入っていった。


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