あたしの心、人混みに塗れて
─────────



「ともー! 朝だよ、起きてー!」


そして、あれから15年が経った。


『彼』があたしの体を揺する。


「あとごふん……」


あたしは唸って、彼の手から逃れようと体を反対に寝返りを打った。


そういえば、あたしのファーストキスは、あの時の蒼ちゃんとだったなあと寝ぼけた頭でぼんやりと思った。


「また二度寝するくせに。俺、もう行くよー」

「今何時ぃ……」

「8時」


眠い目をこすって、あたしは彼の方に再び寝返りを打った。


彼は、口を尖らせてあたしの前に立っていた。


「蒼ちゃん、出るの早くない?」

「冗談に決まってるでしょ。さっさとご飯食べちゃって。遅刻するよー」

「ふぁーい……」


ゆっくりと起き上がって、あたしは思い切り背伸びをした。


「ねーむい……」


黒縁の眼鏡をかけて、のそのそとベッドから出て洗面所に向かう。


冷たい水で顔を洗い、タオルで拭き取る。今日の肌の調子はまずまずだ。化粧水を手に取り、肌に馴染ませる。ヘアアイロンのプラグを鏡の下のコンセントに差し込み、温まるまでに乳液を肌に叩き込む。ブラシで髪を梳かして、温まったアイロンで髪を挟む。


最高温度230度という超強力なアイロンで、あたしの寝起きのくせっ毛も簡単にストレートヘアに早変わりだ。この威力には毎回惚れ惚れする。


髪の毛がストレートに落ち着いたところで、ヘアスプレーで整える。この間、わずか5分。


その一連の流れを、彼──蒼ちゃんが、朝食を食べながらまじまじと見ているのが鏡越しでわかった。


「ちょっと、蒼ちゃん」


一連の支度を終えてあたしが振り向くと、蒼ちゃんと目が合った。


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