あたしの心、人混みに塗れて
「なにー?」


ニコニコ笑いながらご飯を頬張る蒼ちゃんは、悪いことなど何もしていないと言いたげにこちらを見ていた。


まあ、確かに悪いことはしてないけどさ。


「気になるんだけど」

「いや、いつ見ても、ともの支度は早いなって。他の女の子の倍は早いんじゃない?」

「そうなの? 比べたことないから知らないけど」

「化粧はー?」

「ご飯の後」


あたしは蒼ちゃんの向かい側の席に座って、箸を持って手を合わせた。


だってさ、化粧したのにご飯粒とかついてたら嫌じゃん。女としてどーよって突っ込みたくなるよ。


朝は寝ぼけているから、けっこうそういうことあるし。


今日の朝食は、ご飯に味噌汁、ハムエッグにミニトマト。あたしは味噌汁を一口飲んだ。


「うん。蒼ちゃんの作る味噌汁はいつもおいしいね」


今日は里芋とにんじんと鶏肉入りだ。


「味噌汁なんて、誰が作っても同じでしょー」


蒼ちゃんがふふっと笑った。


「違うよ。人によって全然味が違ってくるもん。蒼ちゃんは薄味で素材の味を生かしてるよね」

「ともは毎回濃いもんねー」

「それ、違うってことだよね」


「あ、ばれた」とペロッと舌を出してはにかむ目の前の男を、あたしは一度も恨むことができないでいる。


たぶん、これからも思えないだろう。


実年齢より遥かに幼く見える、二重のくりっとした目に、よく笑う下唇が厚い口、丸い鼻。


165センチあるあたしと同じくらいの身長で、男子の中では明らかに小さくて、明るい茶髪に染めている彼は、明らかに可愛い系に分類される。


右耳に3つ、左耳に4つも開いているピアスだけが、彼をなんとなく歳相応に仕立て上げている。傍から見たらチャラいともとれるかもしれない。


今日も耳元を飾る7つのピアスが朝日に照らされて光っていた。


< 7 / 295 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop