あたしの心、人混みに塗れて
「とも、あと10分で出るよー」


はっとすると、蒼ちゃんは茶碗を台所の流しに片付けていた。


「うっそ、やばっ!」


壁の掛け時計は8時半に指していた。あたしは慌ててご飯を味噌汁で喉に流し込んで、どたばたと部屋に戻って簡単に化粧をした。


下地とファンデを塗って、アイラインを引いて、慌ただしく口紅を塗る。ええい、マスカラとアイシャドーとチークはもういいや。


それから考える間もなく、目に止まったブラウスとカーディガンとタイツとショートパンツを身につけた。


「ともー。俺行くよー」


部屋の外から蒼ちゃんの声が聞こえる。


「あと30秒!」


講義で使うテキストを鞄に詰め込んで、鏡を覗き込んで最終チェック。よし、おかしくはない。


コートを手に持って玄関でパンプスを引っ掛けて外に出ると、蒼ちゃんが立っていた。


「遅ーい。とも」

「ごめんごめん。行こう」


蒼ちゃんの隣で歩き出す。大学までは徒歩5分だ。


「あれ、とも」


歩きながら、蒼ちゃんがあたしの顔を覗き込んだ。


< 8 / 295 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop