あたしの心、人混みに塗れて
出来立ての軟骨揚げが運ばれてきたところで、テーブルに置いていたスマホが震えた。テーブルに置いていたせいで大きな音が出て、一瞬みんなの視線がこちらに向いたけど、あたしは気付かないふりをして、スマホを持ってゆっくりと立ち上がって部屋を出た。


できることなら誰にも気付かれずに席を立ちたかったのに。あたし一人がいなくなったって気に留める人はいない。千晶め、タイミングが悪いんだよ。


「はいはい」


トイレに入って、電話に出た。つまらないとメールを送ったら、電話すると返ってきたのだ。


『どう? そっちは』

「くっそつまんない。死にそう」

『川島くんは?』

「ビール、ジョッキで三杯連続でイッキして店員さんに怒られてた」

『でしょうね。しばらくはおとなしくしてんじゃない?』

「さあね」

『一人で飲んだ時の私の気持ち、わかったでしょ?』

「よーくわかりました。できることなら即帰りたい」

『そこ、たぶん途中退室できるわよ』

「え、そうなの?」

『私が行ったとこは2時間だけだったから無理だったけど、夜中までやってるんでしょ? みんな最後までいれる人ばかりじゃないでしょ。バイトとかでさ』

「確かに」

『智子が一人いなくなったところで誰も文句言わないでしょ』

「むしろ喜ばれるね」

『うちに来てもいいわよ』

「え、まじで?」

『あいにく飲み直すほどの酒は私が今飲んでるけど』

「あたし、そこまで酒好きじゃないよ。わかった、行くことになったらまた連絡する」

『ま、川島くんを介抱することになったら事後報告でいいわよ』

「や、たぶんそれは他の女の子になりそうだよ」

『智子、羨ましいでしょ?』

「……は?」


何言ってんの? と言おうとしたら、じゃーねーと一方的に通話を切られた。


< 82 / 295 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop