あたしの心、人混みに塗れて
「口紅、新色じゃない?」


蒼ちゃんの指があたしの唇をそっと撫でた。


「蒼ちゃん、口紅落ちちゃう」


じろりと睨みつけるけど、それは決して触られるのが嫌なわけではない。


蒼ちゃんの手は、羽根のようにふわりと触れただけなのだ。嫌なわけがない。


「今年の秋は、赤系がトレンドだっけー?」

「そうそう。今日初めてつけてみたんだけど、どう?」

「ともは色白いからね。赤が映えていいと思うよ」

「いつものピンクと比べてどう?」

「まあ、いつもピンク見慣れてるからね。新鮮で、彼氏もちょっとときめくかもよー」

「そうかなあ」

「大丈夫だって。俺が保証するー」


くすくすと笑って蒼ちゃんの手があたしの背中をポンと叩いた。自信を持てということらしい。


蒼ちゃんは女の子のファッションやトレンドにも詳しい。


女装の趣味やそっち系の嗜好があるわけではなく、ただ純粋に興味があるだけだ。決して自分で身につけようとするために読んでいるわけではない。


あたしが蒼ちゃんの前でよくファッション雑誌を読んでいることもあって、蒼ちゃんも自然と詳しくなったのだ。


女性向けのファッション雑誌は色使いが綺麗だと言って、たまにあたしの代わりにファッション雑誌を買ってきてくれることもあるくらいだ。


< 9 / 295 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop