あたしの心、人混みに塗れて
誰かに呼ばれた気がする。体が浮いた気がする。何かに体を持ち上げられた気がする。


だけどそれを感じたからといって、あたしには自分の体を動かす術を持たなかった。目を開けることも、指一本動かすことすらできない。


今のあたしは重力に体を委ねるしかないのだ。


何か柔らかいものの上に寝かされた感触がした。


そして、ギシッと何かが軋む音。


口元に感じる息遣い。


なに……?


目を開けようとしたけど、心臓の鼓動が苦しくて開けられない。開けたくない。


そして、じわりと体の上に重みを感じた。


え?


ゆっくりと目を開く。見慣れた顔が目に写った。


「蒼、ちゃん……?」


自分でもびっくりするくらいのかすれ声が喉から出てきた。


どちらかが少しでも動いてしまったら唇が触れそうなくらいの距離に蒼ちゃんの顔があった。


その蒼ちゃんの顔がこっちまで苦しくなるくらいに歪んでいた。


怒っているようにも、悲しんでいるようにも、苦しんでいるようにも見えた。


蒼ちゃんの頬に手を伸ばしたかった。でも、体がベッドに貼り付けられたように重い。


「とも…………俺、もう限界」


いつもよりずっと低い声で蒼ちゃんが呟いて、蒼ちゃんの息が口元にかかる。


さっき感じたのはこれだったのか。


ぼんやりした頭でそう理解するのがやっとだった。


そして、次の瞬間唇を蒼ちゃんのそれで塞がれた。


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