Under The Darkness
大阪に着いた父と私は、そのまま美里さんが通う中学校に直行した。
車の中から、私はぼんやりと校庭を見つめる。
――平穏すぎてヘドが出る。
私は極道な家で育ったせいか、物事を斜に構えてみてしまうクセがある。
幼い頃から色々な人間を見てきたせいだろう。
特に人間の汚い部分――顔色も変えず人を裏切り貶める、それが当たり前の世界。
他人からの無償の親切や甘い言葉など、気持ち悪くてどんな裏があるんだろうと詮索してしまう。父さんでさえも信用出来ない。
愛情など以ての外。
愛など信じるに値しない、いわば妄想だ。
これは母の影響が強い。
母は心から愛してる父さんに去られてしまった。
欲して欲して、けれど手に入れることは最後まで敵わなくて。
相手の気持ちなど顧《かえり》みず、己の欲望のまま傲慢に、大阪へ逃れた蘭奈に嫌がらせとも取れる行動を執拗に続けていた母。
蘭奈を遠ざけることで、いつか父が自分の元に戻ってくると信じていたのだ。
盲目的で自分勝手な愛を貫いた愚かな母。
そして、愛する人がもう自分の元へは戻らないと知ると、息子である私の目の前で己の命を絶った無責任なオンナ。
母は最後に言った。
『これで、わたしの存在は、あの人の中に永遠に残る……愛しておりま、す……周、介……さ、』
ナイフで首を真横にかっ切って業死した母を、事切れるまで、私はただじっと見つめていた。
夥《おびただ》しい返り血に濡れながら、私はぼんやりと、母は最後まで愚かな『オンナ』だったと、なんの感慨もなくそう思った。
けれど、血に汚れながら幸せそうな微笑みを浮かべる母の姿には、酷く心惹かれた。
醜悪な女が最後にみせたあの一瞬だけは、美しいと思った。
手に入らない愛ならば、死して愛する人の心に留まりたい―――そう願った醜く歪んだ母の妄執。
愛しているから何をしても許される。そう己の愚かな行いを正当化させる、薄っぺらい免罪符に『愛』を利用した。
歪で醜悪だが、それは確かに愛だったのだろう。
結局、愛など己の欲望や自己満足を得るための免罪符に過ぎないのだと知った。
歪んだそれらは決して『美しい』ものではなかった。
けれど、歪んだ愛を最後まで貫いた母の末期の姿だけは、美しいと感じたのだ。
そんなことをつらつら思い出しながら、私は待ち人が現れるまで、ぼうっとグラウンドを見つめていた。