Under The Darkness
「みぃちゃん、荷物それだけ?」
悠宇とふたり、事務所の隣にある滞在先のマンションへやってきたんだけど。
悠宇は私が手にした紙袋を見て、目を丸くしながら聞いてきた。
「せや。いるもんはこっちで揃えよ思て。必要最低限しか持ってきてへん」
「でも、ライカだけはちゃんとあるやん」
紙袋の中を覗き込み、悠宇は「やっぱりな」って顔でニンマリ笑う。
「そらそうや。金城さんからもろたライカのカメラは命より大事やからね」
「知ってる。もうみぃちゃんは中学んときから金城さん金城さんやったからなあ」
「私の尊敬するカメラマンやもん」
金城さんの写真と出逢ったのは、私が人との接触を極端に拒んでいた時期だった。
ママに連れられてデパートで開催されていた写真展に行った時、初めて金城さんの写真を見たんだ。
それは、戦地で撮られた難民キャンプの写真だった。
他の写真家達が撮る写真は皆、戦地で生きる人の憂いや悲惨さを伝えるものばかりだった。
けれど、金城さんが撮った写真。
そこには、今の状況を憂い悲しむ人の写真は一枚もなかった。
金城さんの写真には、苛酷な状況の中、『生きる』ため必死に藻掻く人達が見せる力強い姿と共に、日常の中にある『笑顔』が写し出されていた。
瓦礫が積まれ廃墟と化し、殺伐とした状況下、今を生きぬこうとする人達が見せる一瞬の笑顔。
その日を生き抜くことが出来た家族達の笑い合う姿があった。
未来を悲観する姿は、そこにはなくて。
先にあるのは死かも知れない。
それを知っていてなお、その境遇を打ち消すほどに力強い、純粋で、輝くような『笑顔』があった。
現状の悲惨さや悲観して嘆く人達の姿ばかりを撮っていた数多《あまた》の作品の中で、金城さんの写真だけは異彩を放っていた。
どんな状況であっても諦めない人達の逞しい姿があったんだ。
私、あの頃、今の状況をただ悲観して、諦めて、死すら願っていた。
金城さんの写真を見て、そんな自分を情けなく思った。
悠宇や栞ちゃんを無視して、ひとり孤独の中、心を殺していた私。
金城さんの写真に出逢って、もう一度前を向いて生きてみたいって思えたんだ。
そういう意味では、金城さんは私を助けてくれた人でもあった。
そんな私の思いを知っている悠宇は、苦いものを口にしたような顔で、呟いた。
「……でもなあ。そう言うけどなあ。アイツ、ゲイやで?」
「知ってる。悠宇、狙われてるやん」
私は思い出してププッと笑った。
「やめえ! 明日の撮影、金城の野郎来やがったら叩き出してやる」
「やめてよ。金城さんは神様やで! そんなことしたら私が悠宇叩き出したる」
「ひどいわ、どっちが大事なん? みぃちゃん……」
両方! そう言って、私は情けない顔をする悠宇を、声を立てて笑い飛ばした。