Under The Darkness
「かんぱーい」
出来上がった料理を小さなテーブルに並べ、買っておいたチューハイで乾杯。
悠宇は嬉しそうに身を乗り出してチャンプルーを掻き込んでいく。
そんなにお腹空いてたのかと、私はびっくりした。
「ん――っ! んまい! みぃちゃんはいつでも嫁に行けんで」
お箸を持って口をもごもごさせたまま、悠宇はそんなことを言ってくる。
そのセリフにきょとんとしてしまったが、
「ふふっ。誰んとこも行く気はさらさらないけどな」
私は正直に答えた。
「えー。中国から帰ってきたらオレのとこに永久就職とかどないや?」
「家政婦やったらええで」
いつものやりとりに、私はいつも通りの応酬をする。
けれど、今日の悠宇は引き下がらなかった。
「嫁と言う名の可愛い家政婦さんって設定はどないや?」
「あかんな。私はカメラマンなるんやもん」
嫁より私は仕事に生きる女になりたいんだ。
そう、金城さんみたいな写真家になりたい。
世界中を見て回りたい。
子供じみた夢かも知れないけれど、今はそれに向かって進みたいんだ。
「被写体の方が絶対あってる思うんやけどなあ」
悠宇は自分と同じ道の方が合ってるっていつも言う。
中国行きも反対してる。
それでも。
私は我を通し続けてるんだ。
「モデルは今だけや。金城さんに会えるきっかけが欲しかったってのもあるからね」
「あの男にオレは負けるんかあ!?」
「金城さんは天才やで。初めて彼の写真見て、泣いたもん」
「金城のオッサン、オレは嫌いやけど、凄い腕なんは認めるわ。あのみぃちゃんの写真集はゾクゾクしたもんな。ようみぃちゃんのこと見とる思た。ちょい悔しかったな」
言葉通り悔しげな顔をする悠宇に、相手はプロやもん当たり前やん。と、私は誇らしげに胸を張った。
金城さんは、写真集を出すきっかけになった人でもあるんだ。
私みたいなバイトモデルなんかを使いたいって言ってくれた。
大阪で撮影してた悠宇に金城さんが来るって聞いて、私、嬉しくて悠宇の腰巾着として着いていった。
その時、たまたま彼の目に私が止まった。
それから、悠宇を通して今の事務所にモデルのバイトを始めることになったんだ。
日本でも超有名な写真家である金城さんは、私が最も尊敬する大師匠、神様のような存在。
将来金城さんみたいな写真家になるのが私の夢。
私はその夢をかなえるため、大学進学ではなく金城さんと共に来年の春から中国へ撮影班の一員として同行することになっているんだ。
金城さんの下で本格的な写真の勉強をするために。
金城さんが中国へ行くっていう話を聞いた時、私はチャンスだと思った。
会うたびに私も同行させて欲しいと頭を下げて、お願いしまくった。
ストーカーみたく追いかけ回した。
最後には『しゃーねえな』って、金城さん苦笑しながら同行を許可してくれたんだ。
モデル業は渡航資金調達の手段でもあるから、今はまだ絶対にやめられない。
そんなことをつらつら考えながら、食べ終わった食器を集めて台所へ行こうと立ち上がった時だった。
「ほんならさ、中国行く前にオレの嫁になっとく?」
「……無理やり話戻しよったな。私は誰の嫁にはならんよ」
ピリッとした緊張が走った。
眉間に深い皺が刻まれる。
興味ないとばかりに私は気のない返事を返した。