Under The Darkness





「……こういうのも愉しくてイイですね。路線変更しましょうか」


 え? と、目を丸くする。

 意味がわからなくて、首を傾げた。


「美里さんのエプロン姿はとても可愛らしい。よく似合ってますね」


「は!?」


 愉しげに笑み栄ゆる京介君に、私は恐々と彼が放った言葉を反芻してみて愕然とする。

 昨夜の猛獣と同一人物とは思えないセリフ。

 なにか変なスイッチが入ったとしか思えない。

 アゴが外れるほどに口を開けて呆然としてしまう。


「関西弁で男のような口調ですが、それもまた魅力的で素敵だと思いますよ」


「くっ、」


 さらに重ねてくる京介君に、言葉が行方不明になる。

 包丁を持つ手をブルブル震わせていると、京介君の顔が我慢できないとばかりに笑み崩れた。


「ぶっ」


「あ! なんなん自分! おかし思た! 頭のネジ外れたか思たやんか! 人をおちょくって遊んでんねんな!? ホンマあんただけは許されへんわ!」


「くくっ。違います。私の本心を素直に口にしただけです。貴女の反応があまりに可愛らしいので、つい」


 震える声でそう言いながら、顔は背けたまま私を見ない。

 小刻みに揺れる肩を見て、私はカッとなった。


「なんなん!? イジメの方向転換!? そんな浮ついた言葉言われてもな、ちっとも揺らげへんわ!」


 口説くような言葉を吐かれても、そんなもん慣れてるしどうとも思わない。

 私はバカにされた怒りのままつんっと顔を背けた。


「そうですね。貴女は揺らいでませんよね。でも」


 言いながら、京介君はさらに笑みを深くする。


「顔が真っ赤ですよ」


「……っ!」


 この男……!!


 包丁を持つ手に力がこもる。

 栞ちゃんじゃないけれど、その口、針と糸で縫い付けてやりたい衝動に駆られてしまう。

 その時、グラグラ煮える鍋の音にハッとした。


 にやりと片頬笑む。


「……京介君、嫌いなモンある? 食べられへんもの」


「は? 食べられないもの?」


 いきなり何を言い出すのかと、京介君は唇を綻ばせたまま目を瞠る。

 私は何事も無かったように言葉を重ねた。


「アレルギー以外で」


「? 椎茸が嫌いですが。あと、野菜全般が苦手です」


「ふふっ。わかったわ」


 ……朝食に、椎茸山盛り入れてやる。

 苦みのある春菊も入れてやろう。

 絶対嫌いなはずだ。

 お子様に不人気なピーマンもおまけに添えてやる。

 おちょくってくれたささやかな意趣返しをしてやろうと、私はいつもの倍のスピードで調理をこなした。


< 251 / 312 >

この作品をシェア

pagetop