Under The Darkness
誘拐
16
メットを被り、憧れのAPRILIAに跨がって、本当であれば有頂天になっているだろう状況のはずなのに。
私はふてくされた顔で、流れる海岸線の景色を眺めていた。
今、私は撮影場所まで移動中なんだけれど。
その経緯を思い出して、またムカムカしてくる。
目の前でバイクを操る京介君の腰を、私が渾身の力で掴んでいなければならないこの状況が気にくわない。もうすでに、腕が限界を訴えてプルプル震え出していた。
絶対明日は筋肉痛に違いないと確信しながら、私はなんで京介君まで撮影に同行することになったのかを、ふつふつとした怒りの中、思い返した。
『……撮影? 今から?』
撮影のため私を迎えに来た鈴木さんに、京介君はあからさまに眉を顰めた。
どうやら、今から私が撮影所に行くということに腹を立てているようだった。
『え、ええ、そうなんです。美里ちゃんの写真集を撮影した金城さんが指名されてて……あっ、そうだ、馬淵さんも行ってみますか?』
態度を一変させた京介君の機嫌を伺うようにしながら、鈴木さんは上目遣いで誘うんだけど。
京介君の冷たい視線は変わらない。
ふいに、鈴木さんに近寄り顔を寄せた京介君は、ビクリと身を竦ませる彼に何事かを囁いた。
『そんな予定はなかったはずですが』
『い、いや、あのですね、実は、金城さんがいきなり、どうしても美里ちゃんと悠宇ペアで撮りたいって仰いまして、急遽決まったんで……すいません、伝えそびれてしまいました』
『……仕事はきちんと遂行して頂かないと。契約違反ですよ、鈴木さん』
声を潜めた二人のやり取りは、金城さんの名前に狂喜乱舞した私の耳には届かなくて。
『なあ、鈴木さん、金城さんが来るん!? 撮影って金城さんなん!? やったあ!!』
嬉しがる私を、京介君は眉間に深い縦皺を刻んだ怖い顔で『ふざけるな』と言わんばかりに無言の威圧をかけてくる。
京介君の雰囲気がまたもガラリと変わったんで、鈴木さん泡を食ってオロオロしていた。
そんな鈴木さんを横目に、京介君は、たった今人を殺したと語っても納得しそうなほどの極悪な容貌が、あっという間に爽やかなものへと変化して。あまりの変わり身の早さに、あの極悪ヅラは幻だったのかと、鈴木さん、目をパチクリしてた。
『わかりました。お言葉に甘えて、私も美里さんについて行きましょう』
再び仮面を被りなおした京介君は、嘘くさい好青年な笑顔を鈴木さんへと向け、秀麗なご尊顔をにっこり綻ばせた。
『アンタが来る必要ないやろが!? 絶対来んな!!』
まさか京介君が来るなんて思ってもいなかった私は、そんなウソっぱちな笑顔になど騙されるかと抗議の声を上げたんだけど。
『その金城という男に一度会ってみたかったんですよ。貴女があの男に憧れていると聞いていましたので』
そう告げる京介君の眼差しが、『不義理を働いたなこの尻軽オンナめ』と非難するような侮蔑がありありと浮かんでいて。
かちんときた私は『なんで責められなあかんねん!』と、目を三角にして京介君を睨んだ。
『美里さんは私のバイクで連れて行きます』
私の怒りを丸無視した京介君は、視線を鈴木さんへと向けながら、そんなことを言う。
京介君の言葉にきょとんとした鈴木さんは、次の瞬間、蒼白になりながらブンブン手を大きく振った。
『めめめ滅相もないっ! 車を用意してますので、一緒にお連れします!!』
鈴木さんの提案に、京介君はゆるりとかぶりを振った。
『いえ。美里さんは、私が乗るAPRILIAのバイクが好きなので、それで行きます』
その答えに、今度は私がきょとんとした。
なんでそんなことを知っているのか。
バイク好きな事なんて言った覚えはない。
心当たりが無い私は首を捻った。
『ああ、そうでしたね。美里ちゃんは、初期のプロフィールにAPRILIAのバイクに乗ってみたいって書いてましたからね』
鈴木さんの言葉に、そう言えば。と思い当たる。
けれど、あのプロフィールは一番最初のヤツで、すぐに新しいものに更新されたから今はその記載自体残ってないはずなんだけど。
私は疑問顔で京介君を仰ぎ見た。
京介君は鋭い舌打ちを響かせて、むっつりと鈴木さんを睨んでいる。
鈴木さん、可哀想に。
京介君の一喜一憂に振り回されて、怯えた目が少女のようにうるうる潤んでしまってる。
『す、すいません、なんか僕、失言をしてしまいましたか……? すいませんでした!』
鈴木さんは京介君にぺこぺこと頭を下げてるんだけど。
「なにを言っているのかわかりませんね」
塵芥《ちりあくた》を見るように、京介君は上から目線で吐き捨てる。
まさか。
私はありえないと思いながらも、一つの可能性が頭を過ぎった。
京介君、私の初期プロフィール、リアルタイムで知ってた?
嘘だろうと驚愕の眼差しで見上げるんだけど、京介君は鈴木さんを睨んだまま、チラリとも私を見ない。私の視線に絶対気づいている筈なのに。
――あ、耳が……赤くなってる?
ぶはっと笑いだした私を、京介君はもの凄く怖い顔をして睨んでくるんだけど。
なんだろう。
私、京介君がちっとも怖いとは感じなかった。